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ファッション・アクセサリ

2010年5月25日 (火)

水色の小花柄

 クリーニングを出しにいった。応対してくれた店員さんの、袖口に、水色の小花柄。小さな可愛らしい模様が、Yシャツの袖の裏の部分にプリントされていて、まくると、その花柄が見えるデザインなのだ。ふと、視線を上にあげると、襟の裏側にも、同じ、水色の小花柄がちょっぴり、のぞいて見えた。

 フェミニンで、可愛らしいデザインと、とても体格がよく、顔つきも男性的な印象の店員さんには、ちょっと、そぐわないな、と思い、複雑な思いで店を出た。せっかく、可愛い花柄なのだけど、見せるために、ではなく、ただ、暑い!(今日は暑かったですね…)から、まくってます…という感じが、無造作に?伝わってしまい、おしゃれは、難しいなと、思った。

 自分に似合う洋服を探すこと。自分が見えないと、とても難しい。心がポジティブでないと、美しいものを身につけられない。あるとき、「色」を選べない時期があった。転換期だったのだろう。自分を模索している時期に買った服を順番にならべてみると、なんとなく、心の歴史が透けて見えるような気がする。楽しく、身につけるものを選べるときは、心身が充実しているときだ。

 成長期の子供には、「黒」の時代があるという。子供から、大人への、ステップを上るとき、「黒」を好んで着る時期があるそうだ。確かに、ちょっと、大人びて見せたいとき、「黒」を選んだ記憶がある。

 わが娘も、現在、まさに「黒」の時代。大人びた色やデザインを好んで着ている。ピンクや白や、フリルのついた、愛らしい女の子デザインのものをたくさん着せてきて、今もつい,可愛いものに惹き付けられるが、もう、求めていないのだろうな。

 でも、今、「大人かわいい」がキーワードとなって、大人でも可愛いものを身につけたいという女性が増えていると、先日、NHK、クローズアップ現代で取り上げられていた。詩人の水無田気流さん(田中理恵子さん)がコメンテーターで出演されていて、面白かった。

 「黒」の時代を通り過ぎて、娘はどこへいくのだろう? 色とりどりの「大人可愛い」世界へか、あるいは、「あたしは黒は、すべての色にまさると主張してきた。」という、ココ・シャネルの、大人の「黒」の世界へか。

 今後の成長をじっくり見つめたい。

2010年1月15日 (金)

髪をまとめる

 肩先よりも長い髪を持つ女性なら、「髪をひとつにまとめる」ことの心地よさを知っていることだろう。

 「ソニア・リキエルのパリ散歩」(集英社)に、髪をまとめることの比喩を使った魅力的な表現を見つけた。

魅惑、というエッセイから。

わたしはジャコメッティに強烈な魅惑を感じる。

彼は必要のないものはすべて取り除きながら、生きものや、ものを眺めるる

「まわりの雑音」で、時間を無駄にしたりはしない。(まるですべての髪の毛ほ両手で後ろにかきあげて。顔をこめかみまではっきりと見せるように)。ひとつひとつの作品は、彼にとって最も貴重な孤独の中で生まれてくる。

ジャコメッティの作品を、髪をまとめる、爽快感に喩えるとは、どこか清々しいエロティシズムを感じる。

確かに髪は、生命のうねりそのもの、豊かな波の響きを一旦遮断して、創造に向かう、という感覚はとてもよくわかる。

詩に向かう時、集中を自分に強いるとき、なんとはなしに、髪をまとめあげているような…。

額の、頬のアンテナを研ぎ澄ませて、新しい風を感じたいのだ。

リキエルも、服を作る時、あのヴォリュームのある髪をひとつにまとめることがあるのだろうか?