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2011年7月 6日 (水)

ボルヘス、『詩という仕事』岩波書店

 先月、岩波書店から出版された、J.L.ボルヘス著『詩という仕事について』は、めくるめく幻想の世界を描く、あのボルヘスのイメージとは少し違った、とてもわかりやすい講義録だ。

 ハーヴァード大学詩学講義の記録をまとめたものだが、「詩」という謎に生を賭けた一人の文学者の誠意が透けて見えてくる。

 印象深いエピソードがある。

 キーツの「チャップマン訳のホメロスを初めて覗いて」を改めて読んだ時の感動は、ブエノスアイレスにおける少年時代、父が声に出して読むのを耳にした瞬間に繋がっていたこと。

 「詩は、言語は、意思疎通の手段であるばかりか、情熱や快楽の源泉でもあり得る」ことに、その時、気づいたという。

 少年時代、その意味もよくわからずに、耳に届いた美しいことばの群れが、人間存在の根源へと届き、血肉に刻みこまれた。そして、それらの「ことば」は、ボルヘス少年の魂へと、詩の種を植えたのだと思う。

 

 キーツの詩的体験をここに引こう。

 

「その折りの私は、空を眺めて新しい星が視界に

 泳ぎ入るのを見た者と同じ感じを持った。

 あるいは鷲のような目で、大胆なコルテスが

 

 太平洋を見詰めたときのような─部下のすべては

 甚だしい驚きを感じつつ見合わせた─

 ダリエンの山の頂きで、静かに」

 

 今、ここを超えて、ことばの翼が連れて行ってくれる、はるかな想像力の世界。その無限の広がりの向こうに何が見えるのか。

 決して解けない、詩、ことばの謎が、宇宙の波打ち際にたゆたっている。

 その謎は、おそらく、人間とは何か、という揺らめく謎にも繋がり、私たちの精神の冒険に終わりはないことを告げるのだ。

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