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2011年5月25日 (水)

ICRP(国際放射線防護委員会)、安全基準

 朝日ジャーナル、原発と人間(2011.6、5)に掲載された、藤田祐幸氏の記事を読むと、ICRPの安全基準値の変遷は、広島、長崎の被爆者に対する調査によって被爆影響には「しきい値」が存在しないことが明らかとなり、被爆に安全値は存在しないことから、勧告の値は、被爆の限度として扱われるようになったと記されている。

 「広島、長崎の被爆者たちの命と引き換えに定められた基準を、緊急時であるという、ただそれだけの理由で打ち捨てる被爆国日本の政府の態度は、ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの痛恨の人生を裏切る許されざる行為であると言わざるを得ない」と藤田氏は書いている。

 安全など無い基準に無理やり現実をすり合わせ、子供たちを危険にさらす、日本。

 過去の歴史への反省を忘れ、過去の死者たちへの敬意はなく、愚かしいその場しのぎの対応に、現在の国民も、未来の国民も翻弄されるばかりだ。

 全ては想像力の欠如から生まれる対応ではないだろうか。

 今の判断が、今後、どれだけの影響を及ぼすのか、未来にまなざしを凝らせば、あるいは、自らの生命体としての本能に素直に寄り添えば、見えてくるのではないだろうか。

 国を指揮するものたちに、ヴィジョンが見えなくては、本当にこの国は海の底へと沈んでいくだろう。

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