書かない勇気
佐々木幹郎の『旅に溺れる』(岩波書店)、日本の祭りや、ネパールの葬礼、旅を通しての思考の記録を集めた、魅惑的なエッセイを読み始めた。
パラパラとめくっていて、タイトルに惹かれて目で追う、ひとつの文章。
「うどんの作り方から学ぶ文章の「引き算」」。
大阪の「きつねうどん」の元祖といわれる、店の主人は、うどんは大衆的な食べ物だから100点満点最高の味ではなく、85点から、90点、引き算した味を、おいしいうどんの作り方のこつだという。この引き算の極意は「我」を出さないということ! (100点満点のうどんを作る腕は確かに持っているけれど)また、塩の振り方で、味が変わってくるという。
このうどんの作り方に絡めて、詩人は、塩の振り方を、リズムに置き換える。また、詩人は文章を書くとき、一度書いた文章を一晩寝かせるそうだ。(私も同じ作業をする)そして、詩人が戒めているのは、調べたり調査したことの、すべてを書かず、20パーセントくらいにとどめるようにしているそうだ。削り取る、勇気がいる、と。そして、この「書かない」ということは、「我」を出さない、(うどんと同じで)ということだ。
この削り取る勇気を教えてくれたのは、彫刻家のジャコメッテイだという。
なるほど、削りとった末の、細長い針金のような彫刻は、「存在」の孤独が、すっーと、垂直に立っている、不思議な存在感がある。
ジャコメッテイのエッセイも彫刻も、「書く」「表現する」ことの、本質を、ひけらかすことなく教えてくれる。
「引き算」の美学に貫かれた、うどん、ジャコメッテイ、そして、佐々木幹郎のエッセイ。
書かない勇気。を心に刻む。
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