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2010年4月28日 (水)

ひび割れ壺の存在

 お気に入りのカップに、小さなひび割れができた時、一瞬、とても切なくなる。

でも、すぐにカップは生まれ変わり、シュガーや、カラトリー入れになり、目をなぐさめてくれる。

 『子どもの心のコーチング』(菅原裕子著 PHP文庫)の終わりに、「ひびわれ壺」という、印象に残るお話が書かれている。

 

 インドのある水汲み人足は二つの壺をもっていた。ひとつは、完璧な壺、もうひとつは、ひび割れ壺。天秤棒に二つの壺を下げて、小川から、ご主人さまの家に水を運ぶのだが、完璧な壺は、一滴も水をこぼさないのに、ひび割れ壺は、半分しか運べない。

 二年の歳月が過ぎ、ひび割れ壺は、半分しか水を運べない自分を恥じ、水汲み人足に言う。

 「…私はこのひびのせいで、あなたのご主人さまの家まで水を半分しか運べなかった。水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力しても、その努力が報われることわない。私はそれがつらいんだ。」

 水汲み人足は言う。「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花を見てごらん」

 水汲み人足は、ひび割れ壺が通る側に花の種をまいた。ひび割れ壺は毎日、種に水をまいたのだ。そして、ご主人さまの食卓をいつも美しい花で飾ることが出来た。

 私たち人間は、みな様々な「ひび割れ」を持つ、「ひび割れ壺」であり、親の役割は、子どもの「ひび」のために、種をまくことだと、菅原氏は書いている。

 確かに、みな、ひび割ればかりだな、でも、人という器の中には光を浴びる瞬間を待つ可能性がたくさんつまっている。「ひび」を責めて、柔らかな心の壺を割ってしまわないように。

 自分の「ひび」も、こどもの「ひび」も、愛おしい存在意義。

 己の人生に、色とりどりの美しい花を咲かせよう。種まきと、水やりをかかさずに。

 

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